アンモニア分解によるグリーン水素製造が大幅に低温かつオンデマンドで可能に
2024年9月12日
早稲田大学
新規でクリーンなアンモニア分解による水素製造手法を発見 アンモニア分解によるグリーン水素製造が大幅に低温かつオンデマンドで可能に
【表:
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早稲田大学理工学術院の関根泰教授の研究グループに属する大淵ゆきの(修士2年)、土井咲英(修士修了)、ならびにヤンマーホールディングスの御手洗健太研究員ら(以下、本研究グループとする)は、水素キャリアとして利用が期待されるアンモニアから水素を取り出す際、従来400 ℃以上で進行させるアンモニア分解反応が必要でしたが、新規プロセスを用いたことで200 ℃程度でも反応が進むという低温化に成功しました。
近年アンモニアは水素キャリアとして注目を集めており、低温で高効率にアンモニアから水素を取り出せる触媒プロセスが求められています。本研究グループでは、この新規触媒プロセスのメカニズム解明に向けて様々な実験的検討や理論的シミュレーションを行い、従来のアンモニア分解反応とは異なるメカニズムになっていることを明らかにしました。低温で高転化率なアンモニア分解反応に成功したことで、より簡便な水素キャリアとしてのアンモニアの利用が可能になると考えられます。
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図:電場アンモニア分解反応
(1) 研究の背景
現在、地球温暖化を加速させる恐れのある化石資源から、持続可能な物質へのエネルギー資源の転換が求められています。その中で水素は水やバイオマスなどから得られ、燃焼により排出されるガスは水蒸気のみなのでクリーンなエネルギー資源として注目されています。ただし、水素は気体のままではエネルギー密度が非常に小さく、液体にするためには高圧・低温が必要であり、貯蔵や輸送に適していません。そのため水素を効率よく貯蔵・輸送できる水素キャリアの利用が検討されています。
アンモニアは世界で最も合成されている化合物の一つであり、その水素含有率は17.6wt%と高く、容易に液化でき可搬性に優れるため、水素キャリアの有力な候補となっています。水素キャリアとして利用する際、最終的には水素を取り出すためのアンモニア分解反応が必要になります。この反応は高温ほど起こりやすい反応であり、アンモニアの100%分解のためには一般的に400 ℃以上の高温が必要となります。より高効率かつ簡便に水素を得るために、アンモニア分解反応の低温化が求められています。
(2) 今回の研究成果について
アンモニア分解反応の低温化を目指し、本研究グループでは水素を取り出す様々な反応を低温で促進する電場触媒反応を応用しました。電場触媒反応は、図1のように電極を上下から直接触媒層に触れさせ、電流を流すことで反応を促進させるプロセスです。触媒には半導体性を示す酸化セリウム(CeO₂)上に、貴金属のルテニウム(Ru)や卑金属である鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)といった金属を乗せた触媒を用いました。
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図1:電場触媒反応
図2に示すように、電流を流した電場アンモニア分解反応では、125 ℃という従来では反応がほぼ進行しない低温域で、約100%のアンモニア分解率を達成しました。また、図3のように、高価なルテニウムを使用した場合だけでなく、鉄やニッケルといった安価な金属を使用した場合にも低温で反応が大幅に促進されることが明らかになりました。
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さらに、電場アンモニア分解反応では、従来とは異なり100-200 ℃の温度域で低温ほど反応速度が上がる特異的な現象が確認されました。この結果から、低温ほど有利である吸着現象が関与した新しい反応メカニズムが生じていると考えられ、メカニズム解明のための様々な実験が行われました。その結果、従来の反応メカニズムで律速段階※3である触媒表面からの窒素の脱離が促進されたことが明らかになりました。
図4に従来の反応と電場反応のメカニズムを示します。従来の反応メカニズムではアンモニア(NH₃)からまず水素(H)が脱離していき、窒素(N)が触媒表面に残ります。その後、窒素(N)同士で結合し窒素分子(N₂)が生成しますが、この過程が進行に最もエネルギーを必要とし、アンモニア分解反応に高温が必要な要因でした。対して、触媒に電流を流すと触媒表面では水素イオンが豊富な状態となり、窒素と水素一つずつからなるNHの存在量が増加すると考えられます。そしてN同士よりも結合しやすい、NH同士での結合によりN₂H₂という中間の物質が生成し、この物質から水素が脱離することでアンモニア分解反応が完了する反応メカニズムが推測されました。
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このメカニズムについて機械学習ポテンシャルを用いた理論的シミュレーションによりさらに詳細を検討しました。その結果、電場反応時にはRuとCeO₂の境界でN₂H₂を経由したメカニズムが進行しやすいことがわかり、これが電場アンモニア分解反応を低温で進行させるメカニズムとして有力であることが明らかになりました。
(3) 今後の展開、このプロジェクトにより期待される波及効果
今回の研究成果は、従来よりも200 ℃以上低い温度域でアンモニアからたくさんの水素を取り出すことができる極めて画期的なものです。この反応手法を用いることで、工場やエンジン等の排熱を利用して水素を得たいときに小型設備でその場で得ることが可能になります。これにより水素キャリアとしてのアンモニア利用の拡大、ひいては扱いが難しい水素の利用の拡大につながると考えられます。
(4) 課題、今後の展望
本プロセス運用時の効率性の観点では、社会実装に向け未だ改善の余地があります。このため、本研究グループはより少ない投入エネルギーで、アンモニアからより多くの水素を取り出すべく、実験的手法と計算科学シミュレーションを組み合わせて引き続き検討を行っていくとともに、ヤンマーホールディングス株式会社と社会実装に向けた課題解決を進めていきます。
(5) 研究者のコメント
従来手法ではほぼ反応が進行しない200 ℃以下の低温域で、約100%反応を進行させることに成功したことは大きな成果であると考えます。この研究成果が水素利用やアンモニア利用につながり、環境・エネルギー問題の解決に少しでも貢献できれば幸いです。本研究を足掛かりとしてアンモニア分解反応のさらなる効率向上に期待します。
(6) キーワード
アンモニア、水素、水素キャリア、アンモニア分解反応の低温化、電場触媒反応
(7) 用語解説
※1 水素キャリア
気体の状態では貯蔵や輸送に適していない水素を、別の状態や水素化合物にして効率的に貯蔵・運搬する方法。
※2 電場触媒反応
触媒層に電流密度10³A m⁻²程度の直流電流を流し、10⁵ V m⁻¹オーダーの電界を印加することで従来よりも低温で化学反応を進行させる触媒プロセス。とくにメタン脱水素反応やメチルシクロヘキサン脱水素反応といった、水素を取り出す様々な反応を促進させることが報告されている。
※3 律速段階
ある化学反応でその反応を構成する素反応の中で最も進行速度が遅く、全体の反応速度を決定する素反応のこと。
※4 機械学習ポテンシャル
コンピューターによる量子化学計算の結果を教師データとして用いて機械学習を行い実験結果を予測する手法のこと。
(8) 論文情報
雑誌名:Chemical Science
論文名:Hydrogen production by NH3 decomposition at low temperature assisted by surface protonics
執筆著者名(所属機関名):大淵 ゆきの1、御手洗 健太2、土井 咲英1、七種 紘規1、林 美桜1、
三瓶 大志1、比護 拓馬1、Jeong Gil Seo3、関根 泰1
1: 早稲田大学
2: ヤンマーホールディングス株式会社
3: 漢陽大学
掲載日(現地時間):2024年8月27日(火)
掲載URL:
https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2024/sc/d4sc04790g DOI:
https://doi.org/10.1039/d4sc04790g