Case Study

導入事例から学ぶ活用術

豊田通商グループにおける海外駐在員と出張者の安全管理
ハイリスク国での事業を支える情報活用
豊田通商株式会社 コンプライアンス・危機管理部 危機管理・BCM推進室 室長 山下 昌宏氏
豊田通商株式会社 コンプライアンス・危機管理部 危機管理・BCM推進室 室長 山下 昌宏氏
豊田通商の危機管理・BCM推進室が果たす役割とは

約130カ国で事業を展開する豊田通商。グループ会社は1000社を超え、全体の従業員数は6万5千人にも上る。近年はアフリカ地域に特化した事業部を設け、アフリカの成長を後押しする。グループ会社も含めた駐在員とその家族、ならびに海外出張者の安全を守るのが、コンプライアンス・危機管理部の危機管理・BCM推進室。今回は室長を務める山下昌宏氏に話を伺った。山下氏は、東日本大震災やタイ大洪水を経験した同社が2012年から進めてきたBCP構築とBCM体制の整備を先頭に立って指揮してきたエキスパートだ。

豊田通商が海外危機管理の担当部門として、人事部にセキュリティ対策室を設置したのは2013年4月。同年1月に発生したアルジェリアのテロ事件がきっかけだった。イスラム過激派が建設中のガスプラントなどを襲撃、占拠した。この事件では日本人10名を含む多数が犠牲となった。同社もアフリカや中東でビジネスを展開するなか、アルジェリアで悲惨なテロが発生した。従業員が海外で安心して働くことができる体制を早急に整える必要があった。

セキュリティ対策室は2017年に総務部のBCP推進室と統合し、危機管理・BCM推進部が設置された。その後も組織体制の見直しを行い、昨年の4月からはコンプライアンス・危機管理部が新設され、山下氏の部隊は危機管理・BCM推進室へと名称を変えた。現在は9名体制で運営し、英語のネイティブスピーカーも在籍する。山下氏は立ち上げ当初から携わり、人材育成や社内でのリスクコミュニケーションの浸透に尽力してきた中心人物だ。

「私自身も1998年にインドネシアで起こったジャカルタ暴動に駐在員として遭遇し、チャーター機による国外退避を経験した他、国内でも1995年の阪神淡路大震災を経験しています。『人命最優先』という考え方は国内外問わず共通です。事前の準備も含め、企業の存続を左右する重要な業務です」と力を込める。

社内の海外危機管理ホームページを活用した情報共有と啓蒙・啓発

危機管理・BCM推進室では、平時には世界中のメディアや外務省、複数の危機管理専門のコンサルティング会社からの情報を基に世界中をモニタリングし、必要に応じて注意喚起を行うほか、有事の際には対策本部を立ち上げてインシデント対応に注力する。海外リスクに関する情報を社内で共有するために整備したのが、社内ネットワークで公開している専用WEBサイト「海外危機管理ホームページ」だ。日本語・英語の二か国語に対応している同サイトの使い方は、新たに海外駐在員となる社員向けの赴任前研修で説明している。

社内ネットワークで公開している海外危機管理専用WEBサイトのトップページ
社内ネットワークで公開している海外危機管理専用WEBサイトのトップページ

日本語版の最上段には会社全体で危機意識を高めるため、共同通信「海外リスク情報」、外務省「海外安全ホームページ」などのバナーが並ぶ。「海外出張の際は、『海外危機管理ホームページ』を経由しないと申請できない仕組みになっています。今はメキシコやケニアの他、2月末に選挙を控えているナイジェリアへの出張は控えるよう、社員には注意喚起しています」と山下氏は話す。(本インタビューは2月上旬に実施)

毎年、東日本大震災が起きた3月11日には社長からのメッセージを、米国の同時多発テロが起きた9月11日には担当役員からのメッセージを掲載し、従業員への注意喚起とともに「海外危機管理ホームページ」の情報に目が向くように取り組んでいる。

「海外リスク情報」でインシデントの迅速な状況把握と対応を可能に

海外でインシデントが発生したときの情報収集に山下氏が最も活用するのが、共同通信「海外リスク情報」だ。「更新頻度が圧倒的に高く、最新の情報が簡潔な日本語で届けられる利点は大きい。早い、短いのがメリット」と評価する。

でインシデントの迅速な状況把握と対応を可能に

例えば今年2月、シリア国境に近いトルコの南東部でマグニチュード(M)7.8の巨大地震が発生した際、「海外リスク情報」などを活用して状況把握に務める一方で、「トルコとヨルダンの拠点長からそれぞれ、『従業員は全員無事』と素早い連絡がありました」と山下氏は話す。

同社ではリスク管理基本方針を定め、労働災害や交通事故など20項目に該当する緊急事態が発生した際の報告体制があり、戦争・紛争・テロ・誘拐と自然災害は危機管理・BCM推進室の室長へ連絡するルールになっている。

現地からの報告を受けた山下氏が経営層にトルコ地震の報告をメールで送ったのは、翌日の朝。報告基準は拠点の被災状況やビジネスへの影響、マスメディアの報道などを考慮し、山下氏が判断する。トルコの地震では震源地から離れていたため、拠点への直接的な被害はなかったものの、NHKなどの大手メディアで大々的に報道され、経営層の関心も高いと判断。「海外リスク情報」からの引用や現地の地図などを組み込み、経営層へ報告した。

近年で社員が巻き込まれた例としては、2021年2月にミャンマーで起きたクーデターが挙げられる。ミャンマー国軍がアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相やウィン・ミン大統領ら政権幹部を拘束し、非常事態宣言を発令。国軍支配による混乱は現在も続いている。

クーデター発生の第一報は、山下氏のチームが訓練を行っている最中に飛び込んできた。そのまま危機対応に移行した。「クーデターの発生とともに通信網が遮断され、現地との連絡が一切とれなくなった。ようやくお昼過ぎにLINEがつながった。現地法人の社長が長期滞在しているホテルのネット回線だけがつながっている状況だった」。現地ではクーデターに関する情報を把握できていなかったため、「海外リスク情報」などを使いながら、日本で集めた情報を伝えたという。本社からのメールで事態を知った現地駐在員の安否確認はそのままLINEで行った。経営層への安否確認の報告はLINEの画面キャプチャをメールで送信し、第一報から2時間後には状況把握のため現地とのオンライン会議を素早く実施。その後も現地での情報収集は限定的で、日本から提供した情報が頼みの綱だったという。

テロリストの襲撃などを想定した教育・訓練の重要性

海外でのトラブルに備えて、豊田通商が実施しているのが「命を守るため」の教育と訓練だ。セキュリティの専門会社に依頼し、2014年から英国とフィリピンで実施している。「各拠点のトップやナンバー2を中心に参加者を募っています。英国で訓練する際には中東やアフリカの国々から参加する。フィリピンでの訓練には東南アジアや西アジア、パプアニューギニアから参加しています。新型コロナウイルスの影響でストップしていましたが昨年から再開しました」。これまで230名以上が受講している訓練は新型コロナウイルスで空白期間が生じたが、今後は参加枠を増やしてすべてのハイリスク国から受講できるようにする予定だという。

訓練は実際のトラブル発生を想定し、本番さながらに行われる。英国ではイスラム武装組織などのテロリストの襲撃を想定し、誘拐されたときの対応を学ぶ。頭に袋を被せられての拘束や尋問に加え、銃で撃たれた仲間を救助する方法なども実践する。フィリピンでは銃犯罪を対象とした訓練を実施。軍出身の講師が射撃するところを見学し、銃の威力や音などの迫力も含めて体験してもらう。

山下氏は「新型コロナウイルスの影響で2年以上も対面の訓練などを停止したことで、人の入れ替わりに危機管理が十分対応できていない。PDCAをしっかり回せる体制を再構築しなくてはいけない」と話す。

2022年秋頃から山下氏自身も拠点訪問を再開している。実際に赴くことで現地の事情をより詳細に把握することができ、拠点のメンバーとも良い関係性が構築できる。こうした活動を積み重ねてきたことで仲間を増やし、社内から危機管理・BCM推進室が頼られる存在になってきたことを山下氏は実感する。

「BCPの強化に終わりがないように、全世界が対象の海外危機管理にも終わりはありません。従業員の安全に、今後も力を入れて取り組んで行きます」

※本記事は2023/03/22 リスク対策.comに掲載されたインタビューを一部手直しをして転載したものです。
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