Case Study

導入事例から学ぶ活用術

激動の時代における住友商事の安全対策
危機管理の武器はチームワーク
(災害・安全対策推進部:左から酒井雪夫氏、小島文予氏、稲葉誠氏、間明田淳氏、岡田法久氏)
(災害・安全対策推進部:左から酒井雪夫氏、小島文予氏、稲葉誠氏、間明田淳氏、岡田法久氏)
従業員のセーフティネット役

「どこで何が起こるかわからない。いつ不測の事態が発生してもおかしくない時代になった。アンテナを張り巡らせるだけではなく、1つの事案が次にどんな影響を与えるかまで深く注視しなくてはいけない」と話すのは国内20拠点、海外108拠点をベースに事業を展開する住友商事の災害・安全対策推進部で部長を務める稲葉誠氏だ。

新型コロナウイルスのパンデミック、ロシアのウクライナ侵攻、中国・台湾情勢の緊迫化、イスラム組織ハマスとイスラエル軍の衝突など、世界はまさに激動の時代である。住友商事では、近年、イスラエル、エチオピア、ミャンマー、ウクライナ、ロシアから駐在員と帯同家族を一時退避させた。

「従業員が国内外で安心して働くためのセーフティネットとしての役割を災害・安全対策推進部は担っています。地震、テロ、感染症の流行など、どんな事態が起こっても従業員を救うという覚悟をもって、ネットワークを世界中に張り巡らしています」と稲葉氏は続ける。

住友商事で危機管理に関わる部署は主に3つ。政治・経済の世界的な動向を調査、分析するグローバル戦略推進部。個別のビジネスに直結するリスクを担当するリスクマネジメント部。そして、海外安全や自然災害、労働安全を担当する災害・安全対策推進部だ。

同部が設置されたのは2019年4月。きっかけの1つは2014年のイスラム国の「国家」樹立宣言の前後に激しさを増したテロ活動への対応だ。2016年に着任し、現在は推進チーム長を務める岡田法久氏はこう振り返る。

「幸運にも、従業員に直接的な被害はありませんでした。ただ、出張の多いロンドンやパリでもテロが頻発して安否確認に手間取りました。特にニースのトラックテロが発生した時には危険性のフェーズが大きく変わったと感じ、もっと組織としてシステマティックに動く必要性を感じました」

チームの垣根を超えた連携の重要性
チームの垣根を超えた連携の重要性
(イメージ:写真AC)

設置当初は4人だけだった人員は段階的に拡充され、2022年1月には労働安全業務も加わり現在は12人が在籍する。災害・安全対策推進部は役割の異なる4チームで編成している。

自国を離れ不慣れな外国で働く従業員の安全対策を担当する安全対策企画チーム。自然災害対策やBCPを担当し、発災時には緊急対策本部の事務局を運営する災害対策企画チーム。労働災害を担当する労働安全チーム。そして横断的に動き各チームの効率的な展開を支え、従業員の個人的な対策指南や危機意識の醸成、教育などを担当する推進チームだ。

危機管理で重要なのは担当を越えたチームの連携だという。例えば海外で地震が起こると、安否確認と避難のためまずは安全対策企画チームが動く。その後、現地で事業を継続する場合は災害対策企画チームが対応する。

安全対策企画チームの酒井雪夫氏は「担当が違うから、と丸投げではトラブルのもとになる。情報を密に共有しながら協力して進める必要がある。我々は同じ部内に在籍しているので連携が取りやすい」と話す。

災害対策企画チームがロンドンで周辺の事業会社を集めてBCP策定セミナーを企画したときは、現地からは「テロが最も怖い」と声があがった。急遽、安全対策企画チームも参加し、BCP策定とテロ対策のセミナーを開催したという。

「現地で詳しく話を聞くと、テロ対策だけではなく、スコットランドでは数年に1度、豪雨や豪雪が発生して大変な目に遭うなど自然災害も多いことがわかった。従業員はリスクを災害とテロのように分けていない。現地の状況を聞き出して我々が連携し、どんな要求でも受け止められるようにするのが大切です」(岡田氏)

災害・安全対策推進部は住友商事本体に限らず1000社以上あるグループ会社の危機管理を担う。ただし垂直的に管理するのではなく、自主・自立を重んじる社風から各社の意向を尊重する。そのため、インシデントやアクシデント、トラブルの発生時に災害・安全対策推進部が対応できることなどを各社に周知している。

(担当を越えたチーム連携が重要だという災害・安全対策推進部)
(担当を越えたチーム連携が重要だという災害・安全対策推進部)
平時の準備

どんな時代であっても、危機管理の基本は変わらない。重要なのは平時からの準備だという。同社では海外安全対策セミナーを定期的に実施する。全ての新入社員が対象の基礎的なグレード1、海外出張者向けのグレード2、海外駐在員向けのグレード3-①、帯同家族向けグレード3-②、テロ誘拐対策編のグレード4と対象者のレベルと経験値にあわせて開催している。

例えば、グレード2なら海外出張の際に遭遇しそうなリスクとその対策、グレード3なら長期間住む場合に特有のリスクとその対策のように、具体的な取り組みを伝える。新型コロナウイルスの流行以降はEラーニングが中心だが方針は変わらない。

海外赴任や出張する従業員に向けてもアラートリスト、出張者用ガイドを発信し、いずれもイントラネットで公開しグループ内で共有する。

アラートリストや出張者用ガイドを発信するのは各拠点長で、リアルタイム性が高いのが特徴。危険性の高まっている場所や避けるべきエリア、危険レベルの高い地域に行く際に求める具体的な対策を記載している。

特に出張者用ガイドでは、その国や地域で必ず守るべき基本ポイントを提示。例えば、サウジアラビアなら微量でも酒の持ち込みは厳禁など、他にも入国の際に必要な予防接種を記載したり、文化習慣が全く異なるために発生し得る危険性などを表記しているという。

「常識と思われることでも、従業員は知らない前提で注意喚起を行います」と岡田氏は話す。

情報を伝えるだけではなく、受け取る側の感度を高めるために安全対策企画チームのチーム長である間明田淳氏が実施しているのが、駐在員に対する情報発信の頻度を増やすことだ。

「普段から戦争やテロや自然災害だけでなく、生活に隣り合う危険情報などを伝え意識的にコミュニケーションを増やすことで危険に対するお互いの認識レベルを合わせるようにしています」(間明田氏)

担当者に必要な「瞬発力と持久力」
チームの垣根を超えた連携の重要性
(イメージ:写真AC)

危機管理担当にとって、重要なのは「瞬発力と持久力、それに判断力だ」と酒井氏は言う。インシデントとの命の綱引きに負けないために不可欠な能力だ。

ロシアのウクライナ侵攻やハマスとイスラエル軍の衝突に対応するには、判断力の源泉にもなる歴史的背景を理解する必要がある。担当者はニュースだけではなく、多数の書籍や学術論文にまで目を通している。

とはいえ残念ながら危機を事前に察知する、特別な方法は見当たらないという。

「普段から数多くの多様な情報に接することぐらいしか思いつきません。担当者として、この出来事は『ヤバイ』と感じられる、違和感をキャッチする嗅覚のような能力は必要です。私は、大きなニュースでなくとも気になる情報は、関連性を意識しながらメモを取るようにしています」(稲葉氏)

激動の時代に立ち向かうために

世界中で展開するグループ全体の従業員を守る、住友商事の災害・安全対策推進部。情報の入手は国内外の報道機関、政府、専門コンサルティング会社などさまざま。

共同通信「海外リスク情報」もその1つだ。間明田氏は「共同通信『海外リスク情報』は、第一報の早さが群を抜いています。我々にとって初動のスピーディな動き出しが何より重要です。裏をとった信頼性と確度の高い情報なので、手間をかけて情報を精査する必要がなく、受け取ってすぐに現地への状況確認をはじめとした周辺情報収集に取り掛かることができます」と評価する。

共同通信「海外リスク情報」で、重大な事件や事故、テロ、災害などが発生したときに素早く送信されるのが「速報」だ。共同通信が全国の新聞社や放送局に届ける第一報と同じものが一般的に入手できないタイミングで受け取れる。

「最近ではフェイク情報も高度化しているため、信頼性の高い情報の重要性がより高まっている」と間明田氏は続ける。従業員への情報発信として頻繁に活用しているという。

先行きが不透明で激動の時代を見据え、稲葉氏は今後についてこう語った。

「災害・安全対策推進部は、分析能力を持つプロ集団として能力にさらに磨きをかける。また、誰もが同じように危機意識を持ち初動対応ができるよう、教育、訓練などの取り組みを続け社内全体の底上げを図る。この2つを追いかけていきたい」

※本記事は2023/12/25 リスク対策.comに掲載されたインタビューを一部手直しをして転載したものです。
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