Case Study
導入事例から学ぶ活用術
1933年に立石電機製作所として創業し、世界130カ国以上で事業を展開するオムロングループ。世界中で活動する全従業員の海外出張と赴任時の安全対策強化に取り組む。
グループ全社の海外安全対策を担当する、オムロン エキスパートリンクの第一エキスパート部リスクマネジメントグループでリスク・マネジメントアソシエイトを務める櫛田昌徳氏は、オムロングループの海外安全対策を「成功事例からの『学びのパッチワーク』」と評する。
オムロングループでは各企業の海外安全対策を参考にしてきた。櫛田氏がこれまで多くの企業を訪問して、成功事例を学び、手本となる対策を積極的に取り入れてきたのだ。オムロンの本社がある関西圏だけでなく、関東圏にもたびたび足を運び、訪問した企業は数十社以上。
各企業の海外安全対策担当者と地道なコミュニケーションを重ね、全国にネットワークを確立してきた。櫛田氏は「今でも学びをいただき、情報連携もしている。本当に感謝しきれない」と明かす。
オムロングループが海外安全対策の強化に着手したのは2014年。前年にはアメリカでボストンマラソンの爆弾テロ事件が発生し、アフリカでもアルジェリアで天然ガス施設が襲撃され、邦人が犠牲になっていた。
同社は2015年度のリスクマネジメント委員会で、グローバル全社員の海外出張と駐在時の安全対策強化を含む「全従業員の安全対策」を、重要リスクテーマとして位置づけた。「テロや誘拐、自然災害のようなリスクが世界各地で顕在化し、オムロングループ社員の海外出張の安全対策が急務でした」と櫛田氏は語る。
オムロンではグループのリスクマネジメントをまとめた「オムロン統合リスクマネジメントルール」をもとに、グローバルにおけるルールやポリシーを整備していった。
当時のオムロンでは、海外に出張する際は各ビジネスカンパニーがそれぞれの裁量で対応していたという。そのため、それぞれ独自の仕組みが存在。管理側が出張に関するデータを受け取っても出張先が企業名のみで、どの国に出張しているか不明なケースがあるなど、詳細把握に時間がかかっていた。
「そのころは海外でテロや災害が起きると出張者の安否確認に1日半はかかっていました」と櫛田氏は振り返る。
当初の着手ポイントは主に3つ。出張や赴任先での医療サポートを含めたメディカル対策、安全を確保するためのセキュリティ対策、そして出張や赴任者情報の一元管理だった。医療や危機管理のアシスタンス会社との契約も進め、渡航後の現地対応を強化してきた。「今ではどこで何が起きても5分もあれば出張者や赴任者を把握できます」と話す。
出張や赴任者情報の一元管理のため、航空券の購入先を1社に絞り、購入段階で海外出張の情報を受け取る仕組みに変更。この情報を出張者・赴任者管理のベースとした。さらにアシスタンス会社から出張者に海外安全に関する情報が送信される。2015年からこのシステムを稼働させ、2019年からは外務省が情報発信している「たびレジ」とも連動。外務省からの最新の情報を届けられるようにアップデートした。
新型コロナウイルスの流行前は年間約8,000人が出張していたオムロングループ。オンライン会議が浸透した今でも年間で約5,000人以上が渡航する。
海外安全に関する従業員向け教育では、28種類のEラーニングを用意。日本語や英語を含めた複数の言語から選択でき、1本あたりの時間も数分と短めに設定する。過去の教材は、カバー範囲が広いため、視聴時間が長くなり、途中で離脱するケースも見られた。
現在は、対象者や目的に合致したカリキュラムを細かく設定し、はじめての出張者向けや女性向け、地域別の対策のようにそれぞれを組み合わせて提供する。「マイクロラーニングやターゲットに合わせてカリキュラムを組み合わせたセットでの提供も、先行している企業から教えていただいた」と話す。
グロ-バルの海外安全対策で中核となるのが、100名を越える本社の各機能部門やビジネスカンパニー、海外の地域統括本社、そして国内外の各グループ会社のリスクマネージャーだ。
リスクマネージャーの主要メンバーを集めた企業倫理・リスクマネジメント委員会を四半期ごとに本社で開催。全社的なグローバル重要リスクを洗い出し、対策を議論する。危機が発生した場合も、リスクマネージャーが中心となって対応する。櫛田氏はこう説明する。
「例えば、アメリカのラスベガスで無差別銃撃事件が起こったとします。各国のリスクマネージャーは、すぐにシステムを確認して出張者を調べます。現地周辺に日本国内、アメリカ国内からの出張者がいた場合、アメリカの担当者と連絡を取り合い、日本の出張者は日本側で、アメリカの出張者はアメリカ側で対応するなど連携しながら動き出します」
基本的に出張者は出張元の国のリスクマネージャーが、赴任者は赴任先のリスクマネージャーが担当するが、時に赴任者であっても赴任元の国が担当するなど、個別の事情に応じて柔軟に対応しているという。オムロングループは、世界を6つのエリアにわけてリスクを管理する。日本なら地震や風水害、アメリカならテロや強盗対策のように、地域や国の特徴にあわせて対策を講じる。
同社の統合リスクマネジメントルールをもとにしたグローバルの協力体制は、当初からうまくいったわけではなかった。はじめは各エリアのリスクマネージャーにメールを送っても、反応すらなかった。
そこで、まずは協力を得られそうな担当者とやり取りをして、その結果をもって他のエリア担当者に相談したり、あえて直接顔を会わせる機会を増やし、話し合いを繰り返して協力を求めるなど、試行錯誤しながら、お互いの信頼関係を構築して進めていった結果、次第に返信も届くようになった。
「例えば、『ルール』という単語を使おうとするとアメリカやヨーロッパのメンバーから厳しい表現と受け取られ、『適切な表現はポリシーだ』と指摘されるなど、じっくりと対話しながら、進めていきました」
出張者や赴任者を含めた渡航者の安全管理に、同社は各国政府や危機管理アシスタンス会社、コンサルティング会社、報道機関など複数の情報収集ルートを確保している。
各国の政府が公表している海外安全に関する情報を比較分析すると、「国によって危険度の評価に違いがあり、警戒レベルが急速に高まりやすいなど、各国の特徴が分かった。この特徴を把握するかしないかで、情報の活用の仕方が変わります」と櫛田氏は話す。
オムロングループが活用する情報源の1つに、共同通信「海外リスク情報」がある。櫛田氏は「本当に役立っています。速報性と客観性を重視して採用しました」と話す。
素早い初動対応には、世界中のリスク情報をカバーする「速報メール」は不可欠。速報メールをきっかけに、契約している危機管理のアシスタンス会社やコンサルティング会社に情報収集を依頼することもあるという。
また「海外リスク情報のWebサイトの検索機能を活用し、過去からの状況推移を確認することも多い」と語る。配信メールや検索した情報をまとめ、発生した事態の分析や従業員への注意喚起、報告書作成など多くの場面で活用しているという。
グループ全従業員の安全対策強化をグローバルで進め、約10年が経過したオムロン。「相手の文化や歴史、習慣を尊重しながら進めるために、それらを学ぶことが非常に重要」と話す。加えて、これまで経験した事例や対策を整理し、そこで得た学びを伝えることで、後進も育ってきているという。だからこそ、櫛田氏はこう語る。
「これまで多くの企業の方が、法人という枠組みを越えて私たちに対策を教え、そして支えてくださった。本当にお世話になりました。私も少しずつですが、これまで得た学びや知見を還元していきたい」
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